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神戸地方裁判所 昭和60年(ワ)238号 判決 1990年6月25日

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金一〇〇〇万円及びこれに対する昭和五九年六月七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  主文同旨

2  予備的仮執行免脱の宣言

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告の夫の水谷元夫(以下「元夫」という。)は、昭和五三年頃から胸痛発作が出現し、心臓病(狭心症等)と診断されて入通院治療を続けていたが、同五六年一月二四日、一年余り通院していた兵庫県明石市の千頭医院において重症肺炎を疑われ、被告が開設している国立明石病院(以下「明石病院」という。)を紹介され、同月二六日同病院に胸痛を主訴とし入院した。そして入院後同病院勤務の伊藤成規医師が主治医として元夫の診断治療を担当し、その診断で肺がんに罹患していることが判明したが、原告や元夫にその説明はなされなかった。

2  入院後の元夫は、同年二月二日ころから両手指がふるえ出し、これをおさえるため同月七日薬の投与を受けたところ、右薬を服用二時間後元夫は幻覚症状をきたした。

元夫は食事を殆ど取ることができず、みるみるうちにやせ、食事を普通に取れるようになったのは同月一三日の晩からであった。

3  伊藤医師は、同月二日元夫に対し、肺に管を通してバリウムを流し込んでレントゲンを撮る気管支造影(以下「本件検査」という。)をしたいと説明したが、元夫は本件検査を断った。

元夫は、この日本件検査を断ったことを原告に話し、原告と元夫は、今後も本件検査を受けないでおこうと話し合ってきた。原告らが本件検査を拒否する理由は、元夫が以前に受けた検査によって大変苦しい目にあっていること、同人の体力が極端に衰えていたためである。

4  伊藤医師は、原告や元夫に本件検査を説明すれば拒否されることがわかっていたため、原告及び元夫の了解をうることなく、本件検査を施行することを決め、同月一六日強行した。

元夫は同日午後一時検査室に運ばれ、明石病院放射線科勤務の今中一文医師の担当で本件検査が始まったが、検査直後から元夫は苦しいから検査をやめてくれと言い続けていたが、検査は中止されなかった。ところが検査後四〇分経過して、元夫に異常が生じ検査は中止され、酸素ボンベによる吸入、点滴等の諸措置がとられたものの、元夫はその後に心臓発作が起き、翌一七日午後九時に死亡した。

5  元夫は、明石病院入院時、狭心症、動脈硬化に罹患していたほか、肺がんの疑いがもたれた。また全身症状も不良状態であったが、入院後一カ月足らずのうちに生命に危険がせまるという切迫状態にはなかった。元夫にとって狭心症の発作をおさえるために安静を保つことが必要であったところ、元夫の全身状態がよくなったとはいえない二月一六日に、咽頭、気管支を麻酔し、気管にチューブ、ゾンデを挿入し、造影剤を注入するといった本件検査が行われたことによって、これが誘引となって狭心症の発作が発生し心筋梗塞に移行し、ひいて急性心不全を併発して死亡にいたったものである。したがって元夫の死亡は本件検査に起因する。

6  被告の責任

(一) 本件検査の不必要性

(1) 肺がんの確定診断をすすめていく方法として本件検査の気管支造影法があり、一般論として同法による検査をすることを直ちに誤りと言うものではない。しかし確定診断のための検査は、あくまでもその後の治療に結びつくものでなければならないところ、本件検査では結局肺がんの部位、拡がりを含めた確定診断はできず、従って治療方法も選択できず、真の意味での確定診断のためには組織検査が必要なのであるから、肺がんの確定診断のために本件検査は必要性がない。

(2) 肺がんは早期に発見し手術により切除するのがもっとも効果のある治療法であるが、元夫に対しては、その年齢、体力からして手術が不可能なのは当初から明らかなのであるから、次善の治療法としての放射線療法、抗がん剤療法、免疫療法を選択するしかなく、部位、拡がりを確認しないかぎり、放射線療法、抗がん剤療法もとれないというのであれば、免疫療法で最善を尽すしかないのである。元夫の肺がんに対する治療上本件検査をしなければならない必要性はなかった。

(3) 前記のとおり、元夫は伊藤医師から本件検査の説明があった際、検査を拒否している。伊藤医師の説明も通り一遍で、元夫は本件検査を了解していないのに、伊藤医師は了解したと認識し、また元夫の全身状況が本件検査に耐えられる状況でないのに、本件検査を強行し、さらに本件検査開始後、元夫は、苦しいので検査をやめてくれと訴えていたのに、伊藤医師、今中医師は本件検査を中止せず続行した。このように、元夫は本件検査を拒否していたのであるから、その意思に反してまで施行する必要性がないのに、伊藤医師らはこれを強行した。

(二) 本件検査の違法性

(1) 元夫にとって本件検査は禁忌であった。すなわち、元夫は本件検査当時心筋梗塞になっていた可能性があり、この場合本件検査をするのに慎重な対処が必要であり、心筋梗塞になっていると本件検査は禁忌である。

(2) 元夫には狭心症、動脈硬化の疾患があり、全身状態もすぐれておらず、特に検査に対し過敏な反応をすることを熟知していたならば、本件検査は不適当であることを容易に判断できたはずである。

本件検査を担当した今中医師は、本来検査前に患者の元夫の状態を自ら十分に把握すべきで、そうすれば元夫の過敏な性格、全身状態をよく把握できた筈である。しかるに、今中医師は伊藤医師から元夫は本件検査に耐えられると聞いたのみで、自ら元夫の状況を把握しなかったし、伊藤医師自身元夫の全身状態を十分把握していなかった。本件検査に耐えられるかどうか判断できないのに、大丈夫として本件検査を行ったもので、本件検査が禁忌であるのに、しかも前記のとおり元夫が本件検査を拒否しているのに、これを強行した。

(三) 右のとおり、伊藤医師及び今中医師は、元夫の診療上必要とされる注意義務を怠って必要性のない違法な本件検査を実施したものであるから過失がある。

7  損害

(一) 元夫は、本件検査がなければ、死亡(当時七六歳)後も平均九年余は原告と一緒の生活が可能であったと推定され、良き伴侶、最愛の妻を残して死んでいかざるを得ない悲しみは筆舌に尽し難く、かつ、元夫と原告の意思に反してなされた本件検査により、寿命を縮めざるを得なかった元夫の無念さを考慮すると、元夫の慰謝料は金一〇〇〇万円が相当である。

(二) 原告は、元夫の右慰謝料請求権を相続した。

また、原告も、最愛の夫を失い悲しみのどん底に突き落されその悲しみは筆舌に尽し難く、かつ、元夫と原告の意思に反してなされた本件検査により元夫が寿命を縮めざるを得なかった原告の無念さを考慮すると、原告の慰謝料は金五〇〇万円が相当である。

(三) 原告は、右慰謝料を被告に請求するために弁護士に依頼して本訴提起に及んだが、その弁護士費用として金二〇〇万円を要する。

よって、原告は、被告に対し、不法行為に基づく損害賠償として損害金合計一七〇〇万円のうち、金一〇〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和五九年六月七日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。ただし、診断は正しくは肺がんの疑いである。

2  同2の事実は、前段を認め、後段を否認する。

3  同3の事実中、伊藤医師が元夫に本件検査(正しくは、気管支に水性デイオノジールを流しこんでレントゲン撮影をする方法である。)をしたいと説明したことは認めるが、元夫が本件検査を断ったことは否認し、その余は不知。

4  同4の事実中、原告主張の日に伊藤医師及び今中医師が元夫に本件検査を実施したこと、元夫が翌一七日午後九時五分に死亡したことは認めるが、その余は否認する。

元夫に対する本件診療の経過は、後記被告の主張1のとおりである。

5  同5の事実中、元夫が肺がんの疑いと診断されたこと、本件検査後に死亡したことは認めるが、同人の死亡が本件検査に起因することは否認する。

本件検査と元夫の死亡との間に因果関係がないことは、後記被告の主張4のとおりである。

6  同6の事実は否認する。

本件検査の必要性、相当性については、後記被告の主張2、3のとおりである。

7  同7の事実は争う。

三  被告の主張

1  元夫に対する本件診療の経過

(一) 元夫は、昭和五四年九月から千頭医院において、心臓神経症、冠不全等の診断を受け、通院治療を続けてきたのであるが、同五五年一一月以後増悪傾向となって同五六年一月二六日重症肺炎を疑われ、同医院の紹介で明石病院に入院した。

入院時には、一般栄養状態は良いが喀痰、咳嗽があり、右肺野の呼吸音は弱く、打診上濁音があり、血液検査の結果軽度の貧血が認められ、胸部エックス線検査では、右肺中下野に肺炎及び無気肺様の異常陰影が認められた。そこで、伊藤医師は断層写真撮影を行い、今中医師の読影を受けたところ、肺がんが強く疑われ、確定診断のため気管支造影の必要があるとの指示を受けた。

(二) 伊藤医師は、内科の症例検討会の検討を経て、元夫につき肺がんの疑いが極めて濃厚で、早急に本件検査による確定診断、部位診断をする必要があり、以前からの狭心症は治療を継続して経過を観察することとする、との判断をし、当面の治療として呼吸器症状に対し鎮咳剤、去痰剤を、狭心症に対し冠拡張剤、動脈硬化剤等を投与し、肺炎に対し抗生物質の静注を行った。

(三) その間元夫の症状は、全体として著変はみられなかったが、入院時から認められていた手指の振せんが強くなり、歩行や食事に多少支障をきたしたため、伊藤医師は動脈硬化症によるパーキンソン様症状と考え、同年二月七日夕方、右症状治療薬のアーテンS・R・一錠を投与したが、幻覚興奮症状が出現したため、同薬剤の投与を中止し、また、この時点では元夫の体重も減少していたため、当初同月九日に予定していた本件検査を同月一六日まで延期することにした。しかし、元夫の幻覚興奮症状は同月九日昼以降には正常となり、同月一三日には体重も回復し、食欲、睡眠ともに良好で本件検査に十分耐え得る状態であった。なお、入院時認められた狭心症様発作は、かなり減少し、また冠拡張剤等の投与によるコントロールは良好であった。

(四) 元夫には肺がんが強く疑われ、その後の経過によっても病状が次第に増悪していく状況から、伊藤医師らは、これに対する早急な治療のため、本件検査による確定診断及び部位診断が緊要と判断したが、元夫及び原告は、非常に神経質で、僅かな不安材料から極度に緊張したり心配したりするような状態であったので、伊藤医師はこれらの状況を考慮し、医師の立場上、元夫らにがんの疑いを告知せず、また、本件検査に関しては、元夫に対し本件検査の必要性、方法、所要時間のほか、専門医により施行するものであること等を何回も説明し、元夫の不安を除去するよう努め、元夫らが必要な検査を恐れて拒否したり、がんの疑いを覚知しないよう十分配慮した。そして、元夫らからは、本件検査を拒否することも、それ以上さらに説明を求めることもなかったため、伊藤医師は、元夫らが本件検査を承諾したものと理解してこれを実施することとした。

(五) 同月一六日、元夫の全身状態が安定していたので、午後一時一五分、伊藤医師立会のもと、今中医師によりエックス線透視室において本件検査が開始された。同医師は、元夫の咽頭部及び喉頭部にスプレーで麻酔を行い、エックス線透視下にフレキシブルチューブを気管に挿入し、次いで、一時四〇分メトラゾンデを右主気管支に挿入して造影剤(水性デイオノジール)を注入し、体位の変換を行いながらエックス線写真を撮影した。二時一〇分元夫から胸痛、呼吸困難の訴えがあったので、伊藤医師は、透視室に入り、元夫に深呼吸させてその経過を観察したが、胸痛は緩和せず、呼吸困難を訴え、顔面蒼白となったため、狭心症発作と考えて、二時一五分ニトロールを舌下投与したところ、約五分後に胸痛は消失した。そこで今中医師はさらにエックス線写真を撮影し、二時三〇分本件検査を終了した。その後も元夫に呼吸困難、咳嗽があったため、酸素吸入を開始し点滴をして血管を確保し、二時四〇分に帰室した。

(六) 帰室直後元夫の心電図を記録したが異常はなかった。元夫は、以後も喀痰の排出困難による呼吸困難があったため、その吸引を行ったが、午後三時三〇分頃から安静状態となり浅眠した。その後五時一五分元夫は目覚め、多量の白色分泌物が吸引されていたところ、五時一八分ナースコールがあり、呼吸困難、顔面口唇チアノーゼを伴ない、喀痰は一部吸出できたが、呼吸困難は一進一退の状態であり、その際心電図を記録したが著変はなかった。午後五時四五分に伊藤医師が診察した時には、血圧も安定し整脈であったため、酸素吸入を減量し、以後も咳痰及び喀痰排出困難、呼吸困難が時々みられたが、一般症状は一応安定していたので経過観察することとした。そして同日夜間になって、喀痰の排出困難が著明で分泌物を排出できず、時折努力呼吸状態となったため、一〇時回復室に転室させ、心電図モニターを装着して観察を続けたところ、意識明瞭で血圧も安定していた。

(七) ところが、同月一七日午前一時、突然最高血圧七〇mmHg、最低血圧五〇mmHgと低下し、脈拍数一分間八四となり、顔面が蒼白となり、口唇チアノーゼが出たため、直ちに昇圧剤の点滴静注を行ったが、一時四〇分最高血圧は五〇mmHgとなり、脈拍も測定不能で、意識不明、瞳孔も散大気味となった。伊藤医師は終夜集中治療を行ったが、朝方になっても血圧は上昇せず、呼吸も自発と人工呼吸を繰り返す状態となり、同日夕刻から無尿状態となって、血糖値が大きく変動し、同日午後八時四〇分頃心停止となったため、心臓マッサージを行い、蘇生に努めるなどの措置をとったが、午後九時五分元夫は死亡した。

2  本件検査の必要性

(一) 肺がんの治療方法は、大別すると、手術、放射線、化学療法があるが、どの治療方法を採るにせよ、がんの種類、部位、拡がり、原発性か偶発性か、遠隔転移の有無などを正確に知ることが必要不可欠である。そのため、がんに対する検査としては、数種類の検査、すなわち胸部断層X線写真、気管支造影、気管支鏡、CTスキャン、気管支動脈造影などを順次進めていくことが必要で、その過程でそれぞれの検査により必要な情報を補い、かつ補強して病態がより明確になり、治療に必要かつ十分な情報が集積されると、検査を終えて治療へと移行するのである。検査を進める過程で患者が協力的になることは診療の常であって、最初から検査もせずに経過観察をしたり、単一の検査で結論を急ぐことは医師として厳に慎しむべきことなのである。

(二) 原告は、元夫に対しては、本件検査を行わず、放射線療法、抗がん剤療法をとるか、或いは免疫療法で最善を尽すしかないと主張する。しかし、元夫について胸部X線写真や断層写真の結果、肺がんの疑いはあったが、有効かつ比較的副作用の少ない治療を開始するためには、肺がんの確定診断及び部位診断を行う必要があり、これに基づきさらに検査を行う必要もあるのであって、しかも本件検査は、胸部X線、断層写真撮影の次段階に行うべき検査として一般的に位置づけられていたのであるから、伊藤医師が本件検査を採用したのは、元夫の病状に照らし相当であった。逆に本件検査を行わずに、胸部X線写真だけで肺がんと診断し、放射線療法や抗がん剤療法を開始することは、治療の効果及び副作用を考えると、医師として適正な治療を放棄するものであって暴論である。また免疫療法とても、現在なおその治療効果に議論があって十分に確立された療法ではない。

(三) 医師は、予定された検査内容のすべてを患者に告知し説明すべきものではなく、その必要もない。すべてを患者に告知すべきであるとすると、医師に実際上行い難いことを強いることになるのみならず、患者にも過度に不必要な不安や負担を課することになり、その結果、適切かつ必要な検査に対する患者の同意が得られないという事態が発生するおそれがある。従って、医師が患者に対し、検査に関し告知し説明すべき範囲、程度は、患者の病状、性格、告知した場合の患者に対する影響などを考慮し、当該検査の目的に照らし必要と認められる範囲、程度に限られ、この点に関する判断は医師の裁量に委ねられている。本件検査の目的は、疑われている肺がんの確定診断、部位診断にあったが、一般にがんそのものが確実な死と結合しているためがんの罹患を告知するか否かに関し医師の見解も分かれており、しかも、元夫と原告は非常に神経質であって、肺がんの疑いがあることを告知すると、同人らの絶望感を誘発し、必要な検査やその後の治療に協力を得られなくなるおそれも十分予想された状況に鑑みると、伊藤医師は、元夫らに対し、検査の必要性を話すほかに肺がんの疑いを告知しなかったのは相当であり、肺がんの疑いを除いて、本件検査の内容と方法、所要時間などを回診の際に何回も説明し、意見をも聴取しているのであって、元夫や原告から積極的に本件検査を拒否したことはなく、その承諾をまって本件検査を実施している。また今中医師も、透視室に入った元夫に対し、器具等を見せながら本件検査の手順や注意事項を説明し、元夫はこれを納得しており、喉頭のスプレーによる麻酔など順調に行われた。もともと本件検査には患者の能動的な協力が不可欠であり、患者の意思を無視して行えるものではなく、本件検査が行われたこと自体、元夫が十分な理解の上に必要な協力をしていたからで、元夫は本件検査を承諾しており拒否したことはない。

3  本件検査の相当性

(一) 元夫は、明石病院入院のきっかけとなった肺病変により全身状態が進行性に悪化しており、これに対して適切な診断治療を行わなければ病状の悪化を阻止することができないと考えられた。したがって可及的速やかに検査をし治療を進めるのは医師として当然の処置である。

本件検査の必要性やその適応、元夫が本件検査に耐えられるかどうかについても、明石病院内科の症例検討会で十分検討されている。伊藤医師は右検討をふまえて元夫に対し本件検査を実施した。伊藤医師は元夫を日々診察しており、元夫の全身状態を把握したうえ、今中医師と緊密な連絡をとり、役割分担で本件検査を実施したもので、主治医の独断ではない。

(二) 元夫にとって本件検査は禁忌ではない。

本件検査当時、元夫が罹患の狭心症は良好にコントロールされており、疑われている肺がんの確定診断及び部位診断は急がなければならなかったので、当時の医療水準に照らし、本件検査の選択は相当であった。

本件検査実施以前、元夫に心筋梗塞は存在せず、仮に存在するとしても、元夫の病状経過に照らし、その診断は困難であったし、かつ心筋梗塞には多様な種類があって、心筋梗塞があるからといって直ちに本件検査が禁忌となるわけのものではない。

前記のとおり、症例検討会でも十分検討のうえ、元夫に対し本件検査を実施できると判断して実施にいたったのであり、実施に当っても、主治医の同行、ニトロールの用意、酸素吸入、点滴注射の準備など万全の体制を整えていたもので、本件検査に禁忌はなく、本件検査の実施は医療措置として相当であったというべきである。

4  本件検査と元夫の死亡の間の因果関係の不存在

(一) 元夫の死因は、病理解剖ができなかったので、病理組織学的診断による死因は確定できないが、死亡直前の臨床症状及び諸検査結果から、不可抗力的に発症した急性心筋梗塞による急性心不全死と推定される。

本件において、前記1の元夫に対する本件診療の経過のとおり、本件検査後の元夫の臨床経過、病状によると、検査終了後二時間四八分以内の間は、元夫に心筋梗塞の発症を推測させる異常症状はなく、むしろ安静状態であったがそれ以後に急性心筋梗塞の発症を裏付けるものがある。

(二) もともと心筋梗塞発症の誘因及び予知方法については未解明な状況であるところ、本件において、元夫の喀痰排出困難が心筋梗塞発症の誘因となったか否かに関して定量的に捉える医学的手段がなく、また元夫には狭心症がみられたけれども、これから心筋梗塞への移行は一般に極めて低率とされ、かつ狭心症を基礎疾患としてこれにストレスがかかった場合の心筋梗塞発症機序が必ずしも医学的に明らかにされていない医療の状況に照らすと、元夫の死因と推定される急性心筋梗塞は、喀痰排出困難や狭心症を誘因とするとは認められず、したがって本件検査と元夫の死亡との間に因果関係を肯認できない。

(三) しかも本件においては、元夫に肺がん(気管支がん)の疑いの診断がなされ、転移等に対処するため、その部位等の確定診断を前提とする早期治療が必要とされ、同人に対し本件検査の必要とその適応が肯定されたのであって、本件検査に際し、心筋梗塞発症を事前に予知する方法もなく、その認識も不可能な医療状況にあったから、元夫の延命のため最善の方法として実施された本件検査と元夫の急性心筋梗塞ひいて心不全死との間に相当因果関係もないというべきである。

第三  証拠<省略>

理由

一  請求原因1の事実、昭和五六年二月一六日に伊藤医師及び今中医師が元夫に本件検査を実施したこと、元夫が翌一七日午後九時五分に死亡したことは、当事者間に争いがない。

二  <証拠>及び弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められ、<証拠>中この認定に反する部分は措信し難く、他にこの認定を覆すに足りる証拠はない。

1  元夫が明石病院に入院し、死亡するまでの明石病院の元夫に対する診療の経過の骨子は、ほぼ被告の主張1(元夫に対する本件診療の経過)のとおりに推移したが、要点を詳記すると、次のとおりである。

2  元夫は、昭和五三年中、前胸部痛が出現し、同年九月神戸共同病院において心臓病(狭心症)と診断されて同月から同年一二月まで入院治療を受けた。次いで元夫は、同五四年九月頃からは千頭医院において心臓神経症、冠不全等の診断を受けて通院治療していたが、同五五年一一月頃になってそれまでとは異なる右胸部が痛み、食欲不振、体重減少も著明となって、その後一時軽快したものの全身状態がすぐれず、また狭心症様発作もあり、同医院で同五六年一月二四日受診した際、重症肺炎の疑いがあるとして明石病院を紹介され、同月二六日同病院に入院した。

3  入院時における元夫の一般状態及び検査結果は次のようなものであった。

(一)  元夫は、年齢七三歳で、体重三七キログラム、一般栄養状態は貧弱、胸部痛を主訴としており、呼吸困難、心悸亢進、咳嗽、喀痰があり、右肺野の呼吸音が弱く、打診上濁音があり、軽度の貧血が認められ、全身振戦もあった。

(二)  胸部レントゲン写真によると、右肺野中・下野に肺炎及び無気肺様を呈する縁辺が不鮮明な大きな腫瘤状をした異常陰影が認められ、CEA―Zは基準値二・五のところを四・二と軽度の上昇がみられ、RAは陽性を示した。なお、喀痰中の結核菌については陰性であった。

(三)  CRPは〇・五と高値を示し、WBC×103は七・七、フイブリノーゲンは四〇五ミリで高値を示し、GOTは九、GPTは九、LDHは一八五、CPKは二六、血沈は一時間一〇八ミリと亢進していた。

4  そこで、元夫の主治医である伊藤医師は、右検査結果、元夫の年齢などからみて、単純な肺炎ではなく、原因として肺がんのようなものがあり、そのために気管支が閉塞して痰や唾液の分泌が悪くなって肺炎を起しており、胸水も貯溜しているのではないか、そして肺の下葉にその病巣があるのではないかと考え、より詳しい情報を得るために、同月二八日、元夫の胸部断層写真撮影を行い、翌二九日、放射線科今中医師に、元夫のこれまでの臨床経過を説明し、元夫の胸部X線写真、断層写真の読影を依頼し、意見を求めた。今中医師も伊藤医師の前記見解とほぼ同趣旨の意見であった。

5  両医師は、元夫の無気肺の原因が良性腫瘍か悪性腫瘍か断定できないので、むしろ悪性を疑い、もし良性なら抗生剤の投与により状態が良くなるであろうから引き続いてこれを投与し、抗生剤で反応がないようなら悪性腫瘍を疑って積極的に検査を進め、その一つの手段として気管支の造影が必要であると判断した。伊藤医師は、かかる判断に基づき、昭和五六年一月二九日から同年二月六日まで、元夫に対し朝晩二回抗生物質セフアトレキシールを投与した。さらに、同医師は、元夫に以前からあった狭心症に対しては、治療を継続して経過を観察することとし、同月三日から狭心症の治療のため冠血管拡張剤であるロコルナールとコレキサミンを投与した。

6  同月四日、伊藤医師は、院長を含む内科医六名による内科の症例検討会において、それまでの元夫の検査結果、臨床経過、抗生物質を投与するもレントゲン写真において改善が見られないことなどを報告し、その結果、肺がんの疑いが濃厚であるので、元夫の全身状態を考慮しつつ、元夫に対し本件検査の必要性を充分説明して協力を得た上、できるだけ早い時期に同月九日あたりに本件検査を実施すべき旨決定された。

7  この間の元夫の全身状態は、入院時から著変は見られなかったが、相当に神経質になっており、検査などに対し過敏になっていた。また、手指の振戦が強くなって歩行、食事などに支障を来すことがあったため、伊藤医師は動脈硬化症によるパーキンソン様症状と考え、同月七日夕方、同症状に対しアーテンS・R・を投与したところ、同日午後一一時頃から幻覚、興奮などの副作用が出現したので、その後の投与を中止したが、伊藤医師は、元夫の右の状態から同月九日に予定していた本件検査を同月一六日に延期した。元夫の幻覚症状等は、同月九日中にはなくなって落ち着いた状態になり、その後、同月一三日には一旦減少した体重も三五キログラムと回復してきたし、気分、睡眠、食欲いずれも良好の日が多くなった。また、胸痛、胸部不快感などの狭心症様発作は、入院時から本件検査に至るまでの間、時々訴えがあったものの、ニトロールの舌下投与が奏効し、かなり減少していた。

8  内科の症例検討会において元夫に対し本件検査を実施することが決定された後、伊藤医師は、当初、元夫に対しなかなか肺炎がよくならないこと、気管支が詰まっているのでそこに造影剤を入れて確かめないと今後の治療ができないこと、放射線科の専門医師が鼻から管を入れて造影剤を流し込んで行う検査であること、大体の所要時間などを説明し、多少の苦痛が伴うけれども協力してほしいと了解を求めた。もっとも同医師は、元夫や原告との接触から元夫らがかなり神経質な性格であると見受けられたので、元夫らに対し、元夫の症状に肺がんの疑いがあるとの診断を告知すると、元夫はもとより原告までも心身ともに動揺して、かえって今後の治療に悪影響が出ても困るといった配慮から、もとより肺がんの疑いを告知するようなことはなく、その診断のための本件検査の必要性、本件検査のくわしい手順や時に本件検査に伴う危険性といった事柄を、こと細かに説明したわけではなかった。その後も同医師は、回診時に原告も同席していたところで、二回位前同様本件検査の説明をした。これに対し、元夫は、以前神戸共同病院において検査で苦痛を感じた経験があり、かつ、入院時から相当に神経質になっていたこともあって、伊藤医師に本件検査は余り好きでないなどと述べることがあり、また、伊藤医師から最初に説明を聞いた後、原告にこのことを話し、本件検査に対する不安を話し合うこともあった。しかし、伊藤医師に対し、元夫や原告からことさら質問したり、検査は受けないと拒否の意思を表明したことはなく、うなずいていたので、同医師は、元夫は本件検査を理解し承知したものと受けとめていた。なお、明石病院においては、本件検査のような非観血的検査の場合、患者らから本件検査を受諾する旨の承諾書を求めない慣例となっていたので、同医師は、元夫らから本件検査の承諾書を取っていない。

9  同月一六日、元夫の気分は良好で、当日軽食ときめられていた牛乳一本の朝食を摂取しているし、全身状態は安定していたので、伊藤医師は予定通り本件検査を実施することにした。

そして、伊藤医師自身、元夫には神経質なところがあるので、これを安定させ、問題が起ってもすぐ対処できるようにと、本件検査に立会うこととした。本件検査を担当の今中医師は、検査に先立ち元夫に対し、局所麻酔をしてチューブを気管に挿入し造影剤を注入して写真を撮影するが、具合が悪くなって苦痛が生じたら手で合図をすることなどを説明し、元夫は黙って聞いていた。

本件検査それ自体の経過は、次に付加するほか、被告の主張1(五)のとおりに推移した。

(一)  元夫に対し、局所麻酔を終えたが、その間異常は認められなかった。進んで今中医師は、エックス線透視下にメトラゾンデを通じて造影剤(水性デイオノジール)をゆっくり気管に注入していき、注入を終えようとした時、元夫は手で合図をして苦痛を訴える様子であったので、同医師は、注入をいったん停止し、様子を観察することにした。ところが元夫に咳が起ってきたので、同医師は造影剤が咳により他の気管支に入ると画像が不良になると考えてメトラゾンデを抜去し、また元夫の訴えの内容を聞く必要もあったからフレキシブルチューブも抜去した。

(二)  そこで伊藤医師が透視室に入り、元夫から胸痛があると聞き、少し興奮状態と見えたので、まず深呼吸をさせて落着くよう指示し、なお胸痛が続くようだったので、ニトロールを舌下投与し酸素吸入の処置を採った。すると、まもなく元夫の胸痛は緩和され、落ち着きを取り戻した。そこで今中医師は、伊藤医師と相談して元夫の体位を変えつつ、改めて三枚の写真撮影を行ったが、前記のような状態からして狭心症を起していると考えられたので、必要最小限度のデータを取ることで一応検査を切り上げることとし、二時三〇分、酸素吸入を継続しつつ、点滴をして血管を確保した上、本件検査を中止した。

10  元夫は、二時四〇分病室に帰室し、心電図を記録したが、異常は認められなかった。元夫に対し、酸素吸入と点滴が続けられ、伊藤医師は、本件検査のため気管支に造影剤を入れた関係でどうしても喀痰が出るので、患者にしっかりと痰を出させ、看護婦に喀痰を吸引するよう指示し、その状態を約一時間続けるうち、元夫の状態は落着いてきて、三時三〇分ころから喘鳴は残るが呼吸は正常で浅眠するにいたった。

元夫は、五時一五分目覚め、その際溜っていた造影剤と思われる白色分泌物を多量に吸引し、喘鳴も軽減したが、約三分後起き上ろうとして、急に呼吸困難となり、顔面口唇チアノーゼが出たので、織田医師の来診を受けた。同医師は、元夫の上半身を下げて喀痰の吸引、排出を試みたが、元夫が苦痛を訴えたため成功せず、気管の切開を勧めたが、原告がこれを拒否した。午後五時四五分に伊藤医師が来診したときは、元夫の状態はやや安定していたので酸素吸入を減量したが、以後も咳嗽、喀痰排出困難、呼吸困難が続いていたので、午後一〇時回復室に転室し、観察が続けられ、他方、心不全の状態と考えられたのでこれに対処する薬剤の投与や、肺炎に対する抗生物質の増量などが点滴によって行われた。翌一七日午前一時、元夫には血圧低下、脈拍数減少、顔面蒼白、口唇チアノーゼが出現しショック状態となったため、直ちに昇圧剤などの投与がなされたが、意識不明、瞳孔散大気味となり、その後も状態が悪化してきて好転せず、蘇生のための措置が種々採られたが、午後九時五分元夫は死亡した。

三  原告は、元夫の病状からもともと本件検査の必要性はなく、まして元夫及び原告において本件検査を拒否していたのであるから、その意思に反してまで本件検査を強行する必要性はなかった旨主張する。

1  まず、本件検査の必要性を検討するに、<証拠>によれば、次の事実が認められ、他にこの認定を覆すに足りる証拠がない。

(一)  元夫の明石病院における臨床経過、検査結果からみて、元夫に対する臨床診断としては、狭心症、パーキンソン氏病、肺がんの疑い、閉塞性肺炎の疑いとするのが妥当であり、このうち狭心症は良好にコントロールされていたので、元夫の症状を左右する最も重要な因子は肺がんといえる。つまり、肺がんは、悪性度の強い、重篤な疾患であり、もとより、治療せず放っておいた場合生存率は低く、何らかの治療法を施して救命をはかろうとするのは当然の医療行為である。

(二)  肺がんの主な治療方法には外科療法、化学療法、放射線療法があるが、がん化学療法剤の大部分はがん細胞のみならず正常宿主細胞をも障害し、免疫能の低下等の副作用を有するし、放射線療法も骨髄抑制等の重篤な副作用を有していて、手術療法のみならず、がん化学、放射線療法も安易に行われるべきでなく、肺がんの確定診断を得て後に行われるべきである。

(三)  肺がんの治療法の選択は病期と肺がんの組織型によって行われる。病期についていえば、早期肺がん([1]・[2]期)は手術適応症例となり根治も期待できる。組織型についていえば、肺がんは主に偏平上皮がん、腺がん、小細胞がん、大細胞がんの四型に分類され、それぞれが化学療法剤や放射線療法に対し異なった感受性を示すので、治療剤、治療法の選択の上で肺がんであることの確診のみならず組織型を明らかにすることが極めて重要で、さらに、放射線療法についての適応の判断及び照射部位と範囲の決定のため、肺がんの存在部位、範囲を明らかにする必要がある。

(四)  他の悪性腫瘍と同様に肺がんも早期発見、早期治療が患者の延命を得る為にきわめて重要であり、肺がんの疑いが強まるにつれ、その確定診断の必要度と緊急度が増す。

(五)  肺がんの診断は、病理学的検索による悪性腫瘍の確認とその組織型の同定により確認されるが、このためには、喀痰、胸水(胸水貯溜患者の場合)の細胞診を繰り返し行う一方、非観血的診断法から観血的診断法へと移行し確定診断のための努力がなされる。胸部単純レントゲン写真や胸部断層写真の読影の後、肺がんが疑われた場合、いわゆる特殊検査へと進み、最終診断を得るのが通常の手順である。右の特殊検査としては、気管支造影法、気管支鏡検査、肺シンチグラフィー、肺血管造影法、経皮生検、開胸肺生検等が挙げられるが、昭和五六年当時、気管支造影法と気管支鏡検査とは肺がん診断のための二大検査であって、気管支造影法は、気管支腔内への腫瘤の膨隆、気管支壁への腫瘤の浸潤、気管支の閉塞、圧迫、中断、偏位等の所見を明らかにし、気管支や肺病変の質的部位的診断を行う上で有力な検査法とされており、気管支造影によって得られた情報に従い、気管支鏡検査が行われることが当時の通常行われていた手順である。

右認定の事実によれば、肺がんはきわめて重篤な疾患であり、生命に対する危険の度合いも高いから、早期発見、早期治療が要請されるところ、元夫の症状は、強い肺がんの疑いと診断されていたのであるから、その確定診断、部位診断を緊急に行うために、まず本件検査は必須の検査というのが相当であって、必要性があったといわなければならない。

2  次に、元夫及び原告が本件検査を拒否していたのに、その意思に反して強行したとの点を検討するに、前記認定(二の8、9)のとおり、伊藤医師は、直接元夫に対し、また原告が同席しているところで元夫に対し、元夫の病状からみて本件検査の必要性があるので、検査には多少の苦痛が伴うものの協力して実施できるよう説明したこと、なるほど元夫は相当に神経質な性格で、伊藤医師に本件検査はあまり好きではないと述べたことはあるけれども、誰しも多少の苦痛を伴うことがわかっている検査を好まないのは人情というものであるが、元夫から格別に本件検査を拒否したことはなく、原告からも検査拒否の申出はなかったこと、また元夫は、本件検査当日も、今中医師から本件検査の手順、検査途中で具合が悪くなった場合の合図を指示されたが、本件検査を拒むことなく、素直に本件検査に応じて検査が進められたこと、検査途中で元夫が苦痛を訴えた際、伊藤医師、今中医師は直ちに相応の処置をとっていること、伊藤医師は、元夫らに対する本件検査の必要性等を説明した際、元夫の症状に肺がんの疑いがあることは伏せて告知しなかったし、もとより本件検査が肺がんの確定診断、部位診断のために必要であるといったことや、時に本件検査に伴う危険性といった事柄までをくわしく説明したわけではないけれども、本件検査は非観血的検査でそれ自体として直ちに生命に危険が及ぶとは考えにくい検査であること、元夫の臨床経過や性格等を考慮した場合、本件検査について、元夫や原告の承諾を得るうえで、その説明の程度としては十分といえることが認められる。

右認定の事実によれば、元夫は、一応本件検査を理解し、本件検査の実施を承認してこれに応じたと認めるのが相当であり、元夫及び原告において本件検査を拒否しているのに、その意思に反して、伊藤医師らが本件検査を強行したとは到底考えられず、この点の原告の主張は失当である。

3  以上のとおり、元夫に対する本件検査の実施は必要性のある医療行為であり、元夫及び原告の意思に反して強行されたものではない。原告の主張は理由がない。

四  さらに原告は、元夫の病状の状態からして、同人に対する本件検査は禁忌であった旨主張する。

1  まず、本件検査に至るまでの元夫の疾患、全身状態については、前記認定(二1ないし7、9)のとおりであるところ、かかる状態において本件検査が禁忌であったか否かにつき、<証拠>によると、次の事実が認められ、他にこの認定を覆すに足りる証拠はない。

(一)  本件検査以前一週間以内の検査結果によれば、昭和五六年二月九日の検血では白血球増多と軽度の貧血を示したが、同月一六日の検血では白血球数は正常化しており、同日の血清学的検査から炎症の存続が示唆されるが、電解質バランスは良好に保たれており、右に認められた検査異常値はいずれも軽微であり、本件検査の施行を妨げるものではない。また、入院後の臨床経過を考察するも、本件検査の施行を妨げない。

(二)  さらに、心電図所見の経緯については、本件検査施行以前から元夫に心筋梗塞が存在し、しかも急性期にあると明らかにされれば、本件検査の施行は禁忌であが、同施行以前に心筋梗塞の発症を認めないとすれば、狭心症(狭心痛)はニトロールにより良くコントロールされており、いかなる事態に対しても的確に処置を講じうる万全の態勢を整え、患者の様態を克明に観察し、必要な時に本件検査の中止を速やかに決断する用意の下に行われるならば、本件検査は禁忌とはいえない。

右認定の事実に、前記認定(二1ないし7、9)の事実をあわせ考えると、元夫は入院中、一時全身状態が悪化し、精神的にも不安定な時期があったものの、本件検査の当日の昭和五六年二月一六日までには体力を回復し、精神状態も落ち着き、後記2で検討する心筋梗塞の問題を除いては、本件検査に十分耐え得る状態であったということができる。また、他方、伊藤、今中両医師は本件検査に際して、いかなる事態にも対処できるような万全の態勢の下、元夫の状態を始終観察しつつ慎重に施行したと認めるのが相当である。

2  そこで、進んで、本件検査前元夫に心筋梗塞が存在し、これが急性期にあったものかどうか、及び仮にこれが存在したとしても、元夫の病状の経過に照らして心筋梗塞を診断することが可能であったかどうかについて検討するに、<証拠>によれば、次の事実を認めることができ、他にこの認定を覆すに足りる証拠はない。

(一)  昭和五六年一月二六日及び同月二八日の心電図所見によれば、右の時期の元夫の診断としては狭心症、冠不全と考えられる。心筋梗塞はその病態が狭心症とはっきり分明できない上、心筋梗塞の快復期には心電図に異常所見を示さなくなることもあって、その可能性を全部否定する訳にはいかないが、心筋梗塞であった可能性は非常に低い。

(二)  R波の減高があり、T波の変化を伴っているなどの心電図の変化及び同年二月九日のGOT、LDHなどの酸素の変化からして、同日前後頃狭心症から心筋梗塞に移行した可能性も全く否定することはできない。しかし、右心電図の異常所見については、右室肥大、左室肥大、心筋症、心筋炎、アミロイド心などにおいても異常Q波を伴う偽陽性所見を示すことがあり、虚血性心疾患に非常に類似した逆転T波を示すものとして脳血管障害、高血圧、肥大型心筋症などがあるし、酸素の変化についても、本件では肺がんが疑われ、胸水貯溜も明らかであるから、これらによる変化とも考えられ、白血球、血沈等は変化を示していない。従って、仮に本件検査前に元夫に心筋梗塞が存在したとしても、これを診断することは著しく困難であった。

右認定の事実によると、本件検査施行以前に元夫が心筋梗塞であったという可能性は非常に低く、たとえ心筋梗塞であったと仮定してもこれを診断することは著しく困難であったのであるから、本件検査当時、元夫の心筋梗塞を予見したうえで本件検査の当否を判断することは難きを強いることであり、元夫に対する本件検査が禁忌であり不相当であったということはできない。

五  以上のとおり、明石病院で伊藤医師及び今中医師によって実施された元夫に対する本件検査は、必要性及び相当性が認められた検査であるといわなければならない。したがって両医師の実施した本件検査を、元夫の診療上必要とされる注意義務を欠いた検査ということはできないから、両医師に原告主張の過失は認め難い。

<証拠>によれば、元夫の死因は、病理解剖がなされていないので、確定的とはいえないが、急性心筋梗塞による心不全死と推認される。元夫の死亡は、本件検査の実施中に容態が急変し、伊藤医師をはじめ明石病院の医療関係者において、鋭意元夫に対して種々の医療措置を講じたものの、効果なく、不慮の死の転帰をみるにいたったもので、不幸な事態というほかないが、しかし開始後の本件検査の過程自体に手落ちがあり、そのことに起因して元夫が死亡したわけではない。前記のとおり、元夫に実施した本件検査は必要性、相当性があって、伊藤医師及び今中医師に過失はないのであるから、元夫に対し原告主張の不法行為は成立しない。

よって原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 坂詰幸次郎 裁判官 増山宏 裁判官 和食俊朗は、転任につき署名押印することができない。裁判長裁判官 坂詰幸次郎)

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